第一子あるあるストーリー|Vol.04【好きな人まで、誰かに取られる】
\第一子あるあるストーリー|Vol.04/
【好きな人まで、誰かに取られる】
好きな人ができると、
幸せなはずなのに、なぜか不安になった。
少し連絡が遅いだけで、
「他に女性がいるんじゃないか」と思う。
いつもと少し様子が違うだけで、
「私より、もっといい人を見つけたんじゃないか」
と思う。
何も起きていないのに、
頭の中ではどんどん想像が膨らんでいく。
「どうせ、そっちのほうがいいんでしょ?」
「どうせ、最後は私じゃなくなるんでしょ?」
そんな言葉が、頭の中をぐるぐる回る。
相手は何も言っていない。
証拠もない。
それなのに、
「誰かに取られる」
という感覚だけは、ものすごくリアルだった。
私は、このことで長い間、ずいぶん苦しんだ。
好きだからこそ、失うのが怖かった。
大切に思えば思うほど、
「いつかいなくなるんじゃないか」と怖くなる。
そして実際に、そういうことが何度か起こった。
それは、
私がすごく頑張っているときか、
逆に、すごく弱っているとき。
まるで、
「やっぱり私は選ばれない」
という証明をされるようだった。
でも、今振り返ると、恋愛のたびに
突然こうなったわけじゃなかった。
もっとずっと前から、私の中には、
「大切な人は、誰かに取られる」
という感覚があった。
妹が生まれ、
お母さんのそばにいた私だけの場所に、
妹が入ってきた。
お母さんは、
赤ちゃんである妹のお世話をする。
妹を抱く。
妹を見る。
私はその時、
「お母さんを取られた」と感じたのかもしれない。
もちろん、
お母さんは私を捨てたわけじゃない。
妹が生まれたからといって、
私への愛がなくなったわけでもない。
でも、幼い私には、
「大切な人は、後から来た誰かに取られる」
という出来事として、残ったのかもしれない。
そしてその感覚を抱えたまま、大人になった。
■ 第一子あるある
好きな人ができたとき、
「私だけを見ていてほしい」と思う。
「私だけを100%見て!」
「100%じゃないと、いらない!」と思う。
彼が誰かと楽しそうに話しているだけで、猛烈に不安になる。
少し距離を感じるだけで、「他に誰かいるんじゃないか?」
と思ってしまう。
そして、
「どうせ、そっちのほうがいいんでしょ」
「どうせ、私はかわいくないよ」とひがんでしまう。
だからなのか、
嫌われないように、無意識に頑張ってしまう。
素直に頼ったり甘えたりするのが苦手。
「できない」「助けて」と言うと
拒絶されるようで怖い。
いつも好きな人ができると、
パートナーに対して
「他に女性がいるんじゃないか」
「どうせそっちのほうがいいんでしょ」
「どうせまた私を裏切るんでしょ」
と感じてしまうことがある。
「奪われる」
「取られる」
という感覚は、
頭では、
「もう大人なんだから、そんなこと気にしなくていい」
とわかっている。
過去に読んだ心理学の本にも書いてあり、
頭では理解できる。
けれど、感情は溢れて止まらない。
いい大人なのに、
こんなに妄想に襲われ
彼を疑い、見張ってしまう自分が恥ずかしい。
「頭で理解すること」と
「その感覚がなくなること」は、
別なのかもしれない。
そのことに、最近やっと気づいた。
「これは昔の傷なんだ」
と理解しただけでは、終わらなかった。
何度も、
「また取られる」
を感じた。
そして、そのたびに、
「私は、何を怖がっているんだろう」
と、自分の中を見てきた。
そのたびに、少しずつだけど、
同じ怖さの底に、同じ景色が見えてきた。
それは彼のことじゃなくて、
ずっと昔から、私の中にあった景色だった。
本当は、
誰かに勝ちたかったわけじゃない。
誰かより優れていたかったわけでもない。
ただ、
「私の場所は、誰にも取られない」と安心したかった。
私が永遠に安心できる、保証が欲しかった。
大切な人が誰かを好きになっても、
私の価値がなくなるわけじゃない。
誰かが選ばれても、
私が選ばれなかったことになるわけじゃない。
誰かが愛されても、
私の分の愛がなくなるわけじゃない。
そして、
「取られないように頑張る」のではなく、
「取られないように監視する」のでもなく、
私は、
私の場所に、
私がちゃんと座れるようになりたい。
それが、私にとっての
「奪われる」という感覚から
抜けていく一歩だった。
「嫉妬してしまう自分」も、
「取られるのが怖い自分」も、
「どうせ裏切られると思ってしまう自分」も、
無理に消そうとはしなくていい。
そのことを、最近学んだ。
その奥にある、
「本当は、どうしてほしかったのか」
を見ていくと、
本当に欲しかったものは
彼が私だけを見てくれることじゃなくて、
何が起きても、
私が私の味方でいてくれることだった。
そして、本当に自分の中に、
やっと安心が広がった。
「私は私の人生を生きる」
言葉だけじゃない。
この本当の意味がわかった。
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