第一子あるあるストーリー|Vol.05【なんで私ばっかり! 「欲しい」と言えなかった私】
\第一子あるあるストーリー|Vol.05/
【なんで私ばっかり! 「欲しい」と言えなかった私】
「あとから来た人のほうが得をする」
そう感じること、ありませんでしたか?
私は、ずっとそう思っていました。
子どもの頃、自転車が欲しかった。
でも、「危ないからダメ」と言われた。
ファミコンが欲しいと言っても、
「ゲームばかりして、勉強しなくなるからダメ」
と言われた。
私は我慢した。
でも弟は、すぐ買ってもらっていた。
大学生になって、運転免許が欲しくなった。
親に相談すると、「危ないからやめなさい」
と言われた。
だから私は、就職してから免許を取った。
仕事をしながら時間をやりくりして、
自分のお金で教習所に通った。
でも弟は、
高校卒業前から教習所に通い、
その費用も親に出してもらっていた。
家を買おうと思って、親に相談した。
「賃貸でいいんじゃない?」と言われて、
「そっか」と私は賃貸にした。
弟が結婚すると、すぐに一戸建てを買った。
しかも、頭金は親が出していた。
そのたびに思った。
「なんで私ばっかり。」
私は我慢した。
私は待った。
私は自分でやった。
私は自分でお金を出した。
なのに、
あとから来た弟のほうが、
私より早く、簡単に手に入れている。
「だって、欲しい欲しいって、しつこいから」
昔、親にそう言われたことがある。
弟は、欲しいと言った。
何度も言った。
だから買ってもらえた。
私は、
「欲しいと言ってもダメ」だと思っていた。
だから、我慢した。
今になって思う。
もしかしたら私は、
「欲しい」と言わなかったんじゃなくて、
「欲しい」と言えなかったんじゃないか。
親に「ダメ」と言われて、私はすぐに引き下がった。
傷ついて、
思考が止まってしまったのかもしれない。
嫌われるのが怖くて。
拒絶されるのが怖くて。
弟のように、「なんで?」
と聞けばよかった。
あきらめなければ、
聞けば、
何か変わったかもしれないのに。
私はどんな環境にいても
「私は我慢しているのに、なんであの人は自由なの?」
「私ばっかり我慢している」と、
あとから来て、ぬくぬくしているように見える人を見て
腹を立てることが多かった。
嫉妬することが多かった。
そんな自分が醜いと思って隠してきた。
けれど、ある日ふと気づいた。
私自身も、母親になり
長男に同じことをしている。
長男には、
「まだ早い」
「危ない」
「ちゃんとしなさい」
と、かなり厳しかった。
いっぱい傷つけた罪悪感があった。
心配だった。
初めての子どもだったから。
親としても初めてだった。
何が正しいのか間違ってるのか分からなかった。
だから、心配する。
守ろうとする。
厳しくなる。
そして
次男、三男になるにつれて、
私はだんだん緩くなっていった。
「まあ、いいか」
「これくらい大丈夫」
「本人に任せよう」と。
あれ?
これって……
親が弟にしていたことと同じじゃない?
第一子は、
親が初めて子育てをする時期に生まれる。
親も、何もかも初めて。
だから第一子には、
親の心配も、期待も、ルールも、たくさん乗っかる。
そして下の子になると、
親も少しずつ経験を積んでいるので
対応が違ってくる。
第一子からしたら、
「私はダメだったのに!」になる。
私も長男に、たくさん我慢させた。
今振り返ると、本当に申し訳ないと
時々よぎり、つらくなることもある。
そのことを、なかったことにするつもりはない。
「親も初めてだったんだから仕方ない」
で終わらせるつもりはない。
私も、長男も
傷ついたものは、傷ついた。
悔しかったものは、悔しかった。
でも、
「親も初めてだったんだ」
「私と同じように、分からなかったんだ」
そう思えるようになったことで、
少しずつ、
「取られた」「私ばっかり」
という思いから、
自由になれるようになった。
そして、
長男を見ていて思うことがある。
彼は、小さい頃からたくさん我慢してきた。
欲しいものをすぐに買ってもらえなかったり、
自分で頑張らなければいけないことも多かった。
その彼が、10年働いて、
今では「もう仕事をしなくてもいいんじゃない?」と思うくらい、
自分でお金を貯めている。
すべてが「我慢したからこうなった」とは言えない。
でも私は、
あの頃の我慢が、
彼の中に何かを育てた部分もあるのかもしれない
と思っている。
我慢したから、身についた力もある。
それは本当だと思う。
私もいっぱい我慢してきた。
親がどう思うか気にして頑張ってきた。
でも、これからは、
欲しい、こうしたいと思って
誰かに反対された時
なんでダメなのか、聞いてみよう。
反対されても、
私は本当は何が欲しいのか、
何を望んでいるのかを
自分の頭で、ちゃんと考えよう。
私の頭の中にはずっと、親が住んでいた。
いい年をして、
何かを選ぶたびに、
「なんて言われるんだろう」
と思う私がいた。
これからは、しっかり自分の頭で考えよう。
そう思えたとき、
頭の中から、親がいなくなっていた。
私は、
決めてほしかったのかもしれない。
親を、
安心させたかったのかもしれない。
自分も、安心したかったのかもしれない。
そして、実は
自分で決める勇気が、なかったのかもしれない。
なんだかやっと、
自分の人生の舵を、
自分で握った気がした。









